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第3話 事業者と住民代表

last update 公開日: 2026-07-30 21:30:01

土曜日の午後、公民館の大会議室には、思った以上の人数が集まっていた。商店街の店主たちだけでなく、近隣の住民らしき顔ぶれも多い。パイプ椅子が隙間なく並べられ、正面のスクリーンには「〇〇駅前地区再開発事業 住民説明会」の文字が映し出されている。

有紗は、商店街組合の役員に頼まれ、急遽「若手代表」として前列に座らされていた。隣には、乾物屋の三代目である幼なじみの健太が、腕組みをして眉根を寄せている。

「有紗ちゃん、これマジで店なくなるかもって話だぞ」

「え、そこまで決まってるの?」

「いや決まってはないけど……とにかく雲行き怪しいって、うちの親父が言ってた」

ざわめきが収まらないまま、スクリーンの前に数人の担当者が並んだ。その中に、篤の姿があった。スーツにネクタイ、資料を抱えた立ち姿は、店で見たときとはまるで別人のように見えた。

「本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます」

司会役の年配の男性が挨拶を始め、続いて事業概要の説明に移った。駅前から続く商店街一帯を含む区域を、歩行者中心の再開発地区として整備する計画。老朽化した建物の建て替え、道路の拡幅、新しい商業施設の誘致──スライドが次々と切り替わっていく。

「対象区域には、皆さまの店舗も含まれております。詳細な補償や移転のスケジュールについては、今後個別に説明の機会を設けさせていただきますが……」

篤がマイクを受け取り、説明を引き継いだ。

会議室の空気が、一段と張り詰めた。

「補償って言うけど」

会場の後方から、誰かが声を上げた。

「うちは先代から五十年続けてる店だぞ。金で片付けられても困るんだよ」

「その通り!」

同調する声があちこちから上がる。篤は一瞬言葉に詰まったが、すぐに姿勢を正した。

「おっしゃる通りです。長く続けてこられた

店舗があることは、私たちも重々承知しています。ですから今回の計画では、可能な限り現在の営業を継続しながら──」

「口ではなんとでも言えるだろう」

健太が思わず立ち上がりかけたのを、有紗はとっさに袖を引いて止めた。

「健太、まだ話の途中だから」

「でも有紗ちゃん……」

「座って。聞いてから言おう」

有紗自身、内心は穏やかではなかった。フルール・アリサも対象区域に含まれている。母の入院費を払うために始めた店だ。簡単に手放せるはずがない。

説明が一区切りついたところで、質疑応答の時間になった。手が次々と挙がる中、有紗も気づけば手を上げていた。

「はい、前列の方」

篤と目が合った。一瞬、その表情が揺れたのが見えた。だが彼はすぐに、担当者としての顔に戻った。

「花屋の早坂と申します。現在の営業を継続しながら、とおっしゃいましたが、具体的にどのくらいの期間、どんな形で継続できるのか、今の時点で説明していただけますか。それと、うちのように介護をしながら店を続けている家庭にとって、移転や休業がどれほどの負担になるか、そちらは考慮されているんでしょうか」

会議室が静まり返った。篤は資料に視線を落とし、それから顔を上げて有紗を見た。

「……申し訳ありません。現時点で、個別の事情まで踏み込んだ具体案はまだできておりません。ですが、今のご意見は必ず持ち帰り、計画に反映できるよう検討いたします」

「持ち帰る、はもう三回目です」

有紗は続けた。自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。

「わたしたちは、明日からの生活の話をしています。検討します、では困るんです」

篤は何も言い返さなかった。ただ、まっすぐに有紗を見つめ返した。そこにあったのは、事業者としての立場と、かつて知っていた有紗への戸惑いが入り混じった、複雑な表情だった。

司会が場を取りなし、説明会はそのまま終了時刻を迎えた。会場を出ていく人々の中で、

有紗はしばらくその場に立ち尽くしていた。

十年前は、何も言えずに離れた。

今は、言いたいことを、はっきりと言える自分がいる。それが良いことなのか、ただ状況がそうさせているだけなのか、有紗自身にもまだわからなかった。

会議室の出口で、篤が一瞬こちらを振り返った。何か言いたそうな顔をしていたが、後ろから声をかけられ、そのまま人の流れに押されていった。

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